今回は「これも虐待?」知られざる虐待の形と社会的影響というテーマで、見逃されがちな虐待の種類や、そこから生じる社会的な影響、そして私たちができる具体的な対応について解説します。
虐待とは?基本の定義と代表的な種類
身体的虐待
身体的虐待とは、殴る・蹴る・叩くなど、身体に直接的な被害を与える行為を指します。
外傷が残らない暴行(髪を掴み上げる・頭を押さえつける・柱やいすにしばりつける)も身体的虐待には含まれます。
身体的虐待は、目に見える傷やあざが残ることが多く、比較的発見しやすい虐待の一つです。
しかし、加害者が「しつけの一環」と主張することも多く、家庭内では見過ごされがちです。
例えば、子どもが言うことを聞かないからといって叩く、老人の介護をする際に思うように動けないことに苛立ち押し倒すなどがあります。
また、暴力を加えたあとに脅して口止めするケースもあり、被害が長期化する要因になります。
身体的虐待は誰にでも起こりうるものであり、「しつけ」や「介護のストレス」などと混同されがちですが、暴力行為は明確な虐待です。
心理的虐待(精神的虐待)
心理的虐待とは、暴言や無視、脅しなどで相手の心を傷つける行為です。
言葉による暴力は形が見えにくいため、被害が深刻でも外部から気づきにくい特徴があります。
「お前なんかいない方がいい」「何をやらせてもダメだ」といった暴言、長時間の無視、他人の前で故意に恥をかかせるといった行為が含まれます。
高齢者施設などでも、「どうせわからないでしょ」といった言葉をかけるだけで心理的虐待になります。
また暴言や無視、脅しだけでなく、兄弟間での差別的な扱い、夫婦喧嘩や虐待を意図的に見せることなども含まれます。
心理的虐待は見えにくい分、根深く、被害者の心に長く影響を残します。周囲の理解と敏感な対応が必要です。
性的虐待
性的虐待は、本人の同意なしに性的な行為を強要する、または性的な対象として扱う行為です。
性的虐待は子どもや高齢者、障害を持つ人など、抵抗しにくい立場の人に対して起こりやすく、被害者が沈黙することも多いため、発覚が遅れる傾向があります。
子どもに対して不適切な接触をする、性的な話題や映像を見せる、高齢者施設でのわいせつな行為などがあたります。
特に信頼関係にある大人からの加害行為は、深刻なトラウマとなります。
性的虐待は重大な人権侵害であり、迅速な発見と対応が不可欠です。
加害者への厳正な対応と被害者の心のケアが求められます。
ネグレクト(養育放棄)
ネグレクトとは、子どもや高齢者、障害者などの生活に必要な世話を意図的に行わないことです。
育児放棄や介護放棄など、日常的なケアを怠ることで、命に関わる重大な事態を引き起こす可能性があります。
食事を与えない、服を替えさせない、病気になっても病院に連れて行かないなどが該当します。
ネグレクトは“していない”ことによる虐待であり、気づきにくいですが、非常に危険です。
日常生活の観察から早期発見が求められます。
経済的虐待
経済的虐待とは、本人の財産や収入を不適切に管理・使用する行為を指します。
特に高齢者や障害者が被害に遭うことが多く、年金や貯金を家族が勝手に使うといったケースが見られます。
年金を家族が取り上げて生活費に使う、本人の意思を無視して資産を売却する、必要な医療費を出し惜しむといった行為が含まれます。
経済的虐待は目立たないながらも深刻な問題で、適正な後見制度の利用や定期的な見守りが必要となります。
「これも虐待?」と疑問視されるケースの具体例
過度な干渉や支配
本人の意思を無視して過度に干渉したり、行動を制限する行為も、虐待に該当する可能性があります。
一見「心配しているから」「守るため」と見える行動であっても、相手の自立を奪い、精神的な抑圧を与える場合、それは支配的な虐待となり得ます。
たとえば高齢の親に対して、「外に出るのは危ないからやめて」と行動を制限する、日々の予定をすべて管理して本人の選択肢を奪う、交友関係にまで干渉するといったケースがこれにあたります。
特に介護者が「良かれと思って」行う場合、虐待だと認識されにくいため注意が必要です。
本人の意志や尊厳を尊重しない関わり方は、結果的に虐待に繋がることがあります。支援は「管理」ではなく「尊重」が基本となります。
褒めない・無視するなどの心理的コントロール
褒めない、無視するといった行動も、繰り返されると心理的虐待の一形態となります。
人は承認されることで自己肯定感を育みます。
無視や否定は、相手の存在を否定するような心理的影響を与えるため、深刻なダメージを与える可能性があります。
子どもが何をしても「どうせ無理」「やってもムダ」と言われ続ける、話しかけても完全に無視される、高齢者が介護現場で「ありがとう」と言っても無反応で返されるなどが該当します。
言葉や態度による“冷たさ”も虐待の一部と考えられます。
目に見える暴力がなくても、心を傷つける行動は立派な虐待です。
関わる側の態度や言葉の選び方にも、思いやりが求められます。
施設や病院での不適切な対応
介護施設や医療機関などでの不適切なケアも、虐待に含まれる場合があります。
介護・医療の現場では、相手の心身をケアすることが本来の役割です。
しかし、業務の簡素化や人手不足などを理由に、本人の意思を無視した対応がされることがあり、それが虐待と認定されるケースが増えています。
例として、トイレに行きたいと言っているのに無視してオムツ交換で済ませる、食事を急かす、説明なしで体を拘束する、不必要に薬を投与するといった行為があります。
これらは「業務の一部」として片づけられがちですが、本人の尊厳を傷つける重大な行為です。
ケアの現場における対応は、常に利用者の立場と気持ちを第一に考える必要があります。
不適切な行為は、明確な虐待に繋がると認識する必要があるでしょう。
虐待がもたらす社会的影響
被害者の長期的な心身へのダメージ
虐待を受けた人は、心身ともに長期的な影響を受ける可能性があります。
身体的・精神的ダメージは一時的なものではなく、自己肯定感の低下、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、発達の遅れ、身体の機能障害など、人生全体に影響を与えることがあります。
幼少期に虐待を受けた子どもが、大人になっても対人関係が築けず孤立する、高齢者が介護虐待を受けてからうつ状態になり、生活の意欲を失うなどが挙げられます。
また、被害者が「自分が悪い」と思い込むことで、助けを求めづらくなる場合もあります。
虐待はその場限りの問題ではなく、人生全体に影響する深刻な被害を引き起こします。
早期対応と継続的な支援が不可欠となるでしょう。
家庭・職場・地域への悪影響
虐待は被害者だけでなく、家庭、職場、地域全体にも悪影響を及ぼします。
虐待が行われる環境には緊張感や不信感が生まれ、家庭や職場の人間関係が崩壊することもあります。
地域社会では、連鎖的に孤立やトラブルが増える要因ともなります。
家庭内での虐待が子どもに影響を与え、学校での問題行動に繋がるケースや、介護職場で虐待が起きることでスタッフのモチベーションが下がり、離職率が高まることも考えられるでしょう。
周囲が見て見ぬふりをすることで、さらに悪化することも多いです。
虐待は個人の問題にとどまらず、社会のあらゆる場面に影響を及ぼします。
全体で取り組むべき社会課題となるでしょう。
社会全体の人権意識と制度改革の必要性
虐待を根本から防ぐには、社会全体の人権意識の向上と、制度の見直しが必要です。
虐待を許さない社会的風土があってこそ、加害の抑止力となり、被害者も声を上げやすくなります。
また、制度的なサポートが不足していると、虐待の予防や早期発見が難しくなります。
たとえば、児童相談所や地域包括支援センターの人員不足、通報制度が複雑で一般の人が使いにくいなどの課題があります。
また、職場でのハラスメントやパワハラも、制度的に守る仕組みが整っていなければ見逃されやすくなります。
虐待を減らすには、個人の意識改革だけでなく、社会の制度やサポート体制の強化も欠かせません。
私たちにできること
虐待の兆候に気づくためのポイント
虐待を早期に発見するには、ささいな変化や兆候に敏感になることが大切です。
被害者自身が助けを求められないことが多いため、周囲が異変に気づき、声をかける姿勢が重要です。
些細な変化が虐待のサインである可能性もあるため、観察力と共感力が求められます。
子どもであれば、突然無口になる、傷を隠すような服装をする、不自然な恐怖反応を見せるなどがあり、高齢者では、説明のつかないあざ、急激な体重減少、生活環境の悪化などが見られます。
「いつもと違う」と感じたら、注意深く見守ることが大切です。
虐待の兆候に早く気づくことが、被害者を守る第一歩となります。
違和感を大事に支援をしていきしましょう。
相談・通報できる場所とタイミング
虐待の疑いがある場合は、ためらわずに相談・通報することが重要です。
通報によって、専門機関が調査・介入でき、被害の拡大を防ぐことができます。
通報は「確信」ではなく「疑い」の段階でも可能です。
子どもに関する場合は児童相談所、高齢者の場合は地域包括支援センター、障害者については福祉事務所などがあります。
通報者の情報は守られるため、匿名での相談も可能です。
身近な人への相談も第一歩になりますので、「気になるけど迷う」ではなく、「気になるから相談する」という姿勢が、被害者を救うきっかけになるでしょう。
加害者を責めず、支援に繋げるアプローチ
加害者をただ責めるのではなく、支援に繋げる視点が必要です。
多くの加害者は、ストレスや孤立、経済的困難などの背景を抱えており、適切な支援がないと虐待を繰り返す可能性があります。
加害者の孤立を防ぐことも、再発防止に繋がります。
育児や介護の負担が重くて感情的になってしまう、生活困窮で子どもの世話ができない、精神疾患を抱えていて暴力的になるなど、加害の背景は多様です。
ケースによっては、行政の支援、精神保健福祉センターやカウンセリングを通じたアプローチが有効です。
被害者を守るだけでなく、加害者の支援も社会の責任です。
支援を通して再発を防ぐ仕組みづくりが必要とされています。
まとめ
虐待と聞くと暴力的な行為を想像しがちですが、実際には言葉や無視、過度な干渉、経済的支配など、見えにくい形でも人を深く傷つける行為が存在します。
今回ご紹介したように、虐待にはさまざまな種類があり、それぞれが被害者の人生に大きな影響を及ぼします。
さらに、家庭や地域社会、そして社会全体にも悪影響をもたらす問題です。
大切なのは、「これも虐待かもしれない」と感じたときにそのままにせず、兆候に気づき、相談や通報につなげる勇気を持つこと。
また、加害者自身も支援を必要としているケースが多く、社会全体で支え合う体制づくりが求められています。
私たち一人ひとりが正しい知識を持ち、思いやりのある目で周囲を見ることで、虐待のない社会に一歩近づけるのではないでしょうか。
広告
![]() | 凍りついた瞳(め)2020-虐待死をゼロにするための6つの考察と3つの物語ー [ 椎名 篤子 ] 価格:1650円 |
